2018年01月21日

魂を凝縮させた感謝

こんばんは、です

週末はあっという間に
終わりますね。


今日も、感謝について
書こうと思います。

もうグチは残ってません (笑)
(友人にかまってもらえたので満足♫)


たまたま今日
認知科学の本を読んでたら、
「感謝」について書いてあったので
シェアをさせてください。

お付き合い願えたら幸いです♪



感謝が湧くのは、
無くなるという危機感から、
当たり前にあったものに意識を
向けると湧いてくる。


いつかは無くなるかもなぁ〜、
「当たり前にあることに感謝」
「あの国には平和、大自然は当たり前じゃないんだ」
「今あるものに感謝しなきゃ」

という思考は感謝ではない。


というのは、
相反する2つのことを
同時に思うのは不可能
だから。

つまり、
強い実感としては危機感なしなのに、
でも思考では
感謝していると思っている。
は相反する。



もし
「水が当たり前にでない国もあるのに、
水が当たり前にでる国に住んでる私は
この現状に感謝しなきゃ」

を想像することと、


「一度マジで水がでない生活を経験した」
人の水が出ることへの感謝は
魂が言葉に凝縮されているレベルが違う。




私はよーくわかります。
この気持ち。
だから、
『感謝していることに感謝すればいい』
質問者さんにも答えたのだけれど、


私自身も、
親子共々ホームレスになりかけた時から、

借家、持ち家問わず、
風水問わず、

エネルギーが高いとか、
田舎、都会だとか問わず、
幽霊が出なければ、

屋根があって暮らせれば満足。
貸してくれるだけでありがたい。
(日本は審査が厳しいからね。)
暮らしたい人と暮らせているところが家だ!

って家に関しては無条件に感謝です。

あと私は
魂が凝縮された行為を受け取ったとき
感謝というより感動で心震えます。




例えば、
友人などから、
「コレ牧さんに役立つと思って」
と差し出された本。
風邪にいいから〜
と手間をかけてもってきてくれたり、
プレゼント〜と
私が好きなものを凝縮されたものを
差し出してもらったり、
「日本の旅から帰ったばっかでしょ?
寂しくない」
と私の人には見せない部分を感じて
気を使ってテキストくれたり、
私の偏頭痛を真剣に相談乗ってくれたり、
ブログを読んでくれたり、
アドバイスくれたり、

どれも
「私=湧川 牧」を
友人たちの日常に存在
してないと
できないことばかり。


ちょっと話しが飛ぶのだけれど、

12月に長らく会ってない友人が亡くなり、
とってもショックでふさぎこんでたけど、

友人と過ごした日常が、
とっても素晴らしくて、
その経験が私の人生にあることに
本当に感謝しました。


連絡取ってれば、
会ってれば、
何かできたかも〜
というエゴは少し会ったのだけれど、

それよりも、
誰かが生きているということが、
他の誰かにとってありがたいこ

なんだ!

という実感がすごかった。

亡くなった本人は
辛すぎての判断だったのだけれど、

やっぱり生きてて欲しかったなぁっと
思うわずにはいられない。

「この世に存在する」
という不思議さを実感しました。


認知科学では、

「自分はない、自分は他者の中に存在する」

と言われたりもしますが、

このことが腑に落ちました。


だから、
友人たちの日常に私は存在しているんだ!
と実感するたびに感動しているのだと
思います。




両親にはまだ感謝できてない部分が多くて、
それがたまにコンプレックスに
感じることもあるのだけれど、


両親への究極の感謝は

命があるうちに、
本当に自分が満足することを
やりたいようにやって、
生きててよかったなぁ〜
と思えた時に

魂を凝縮した感謝を伝えれるのでは
ないかと思います。



私は、

自分自身が価値があると思うこと、
大切だ〜と思うことを、
社会と大切な人たちに
循環していていけるように、


一生懸命生、
自分自身を生きます。



おまけ
究極の感謝を発見方法

⚫︎自分が危機感レベル(失うかもしれないモノ)のもの、経験は?
⚫︎もし思い浮かばなかったら、想像よりも実際に体験して、
  失うかも〜っていう臨場感てみるのはどうでしょうか?

例、
もし夫婦、カップルの仲が冷えてるなら一度ホテルとかに
滞在して失うってどういうことか実感レベルにしてみる。

例、
もし、失うものがないなら、電気、水とか生活レベルで
当たり前だと思っている生活を一度やめてみる。
キャンプとか?
とはいえ、
くれぐれも命に関わること、
人を傷つけることを通して、
感謝を見つけようとはしないでくださいね!

自己責任でお願いします!

何だかんだいって
感謝はモチベーションと
幸福の源になりますよね。




  


Posted by shenell at 17:57Comments(0)牧の気づき

2018年01月19日

感謝は新しい通貨なのか?

こんばんは、牧です。
あっという間に週末ですね!

久々に週末おしゃれしてお出かけしたい
今日この頃。

どなたか誘ってください。

さて、
前にも「感謝」について、
感謝してないことに感謝をするという行為的なことを辞めて
心から感謝していることに感謝しよう。
っという内容を書いたのだけれど、

また新たに「感謝」について書いてみようと
思います。




いつか記事で感謝について記事は、
質問を受けた形で答えたので、
今回は、私の感じたことを書きます。

なので
役に立つものではないし、
長文なので、
興味がある方のみお読みくださいな。




最近、
「感謝したらooo売れますよ」とっ、

出会って3分の人に言われました。

自己紹介の中で、
「私、今ooo売りだし中です」
と話したのですが、

感謝したら売れるという
アドバイスを頂きました。

ただ、
その時点では
その方が何をしている方なのかは
よく知らなかったし、
初対面だったので。

「そうなんですね。」

っと返答したのだけど、

「?」
ってモヤモヤ感がしばらく漂ってました。

しばらく経って
「あっ、あの人は
私が感謝してないから売れていないって
思ってるんだ(笑)」

「ちょっと失礼じゃないですか?
初対面の人に (笑)」


と私が受け取っていることに
気がつきました。

その方は
もちろん親切で
話したのですけどね。



ただ、
個人事業主としての経験6年と、
起業塾入ったり、
コンサルをお願いしたり、
マーケティングコンサルのまねごとで
ビジネスのアドバイスをしたり
している経験上、

「感謝したら売れる」

の構図は
因果関係
が逆じゃない?
っと感じました。。


つまり、

買い手がわ

原因
買って効果を実感したり、
欲しいもの手に入れたから

結果
感謝が湧く。



売り側
原因
共感してくれたり、
購入してくれる

結果
感謝が湧く


売買時に発生する感謝は、
売ったり売られる結果発生するもので、
原因ではない。
強いて言えば、
相関関係ではないのではないか?


だから
「感謝したら売れる」を
実行したら、
必ず売れるかと言ったら疑問。

例えば、
「ブログを書けば集客ができる」
売れるわけではない。

もっと言えば
集客をしたら売れる
わけでもない。

売ったら
売り上げが安定する
わけでもない。



売れる要素には本当にイロイロあって、
市場、
価値観、
経済、
ノウハウ
など条件がイロイロある!



私はビジネスの相談を受けたら、
まずはヒアリングをします。

因果関係を間違ったら
逆効果だからです。


参入する市場や
相談者の価値観や今やっていること
などイロイロ聞かないと分からないからです。

あ、話を感謝に戻すと、


「お金はエネルギー
感謝のエネルギーでお金を回すと
お金が入ってくる」

と言われたことがありますが、

本当に?って
私は思ってます。笑


私はお金に対する
メンタルブロックは信じます。

例えば、
お金は悪いものだと思ったら、
稼ぐ人を非難するし、
自分自身で稼ぐ行為をストップするし、
お金を稼いでも無駄遣いする。

だからお金に対する感じ方を変える
お手伝いは私もしたりします。

でも、
お金の感じ方を良い方向に変えたから、
お金が稼げるようになる、
わけではないです。


お金は目的を達成するときのツール、
社会が生み出した幻想=「信用」

でしかないから。


タイトルの
「お金は新しい通貨なの?」
にやっとたどりつくと、

「感謝したら何かが手に入る」は

感謝をお金(通貨)がわりにしてるのかなって
感じました。


私が感謝することって、

言いたい放題言わせてくれる友達、
不機嫌な私に耐えるパートナー、
自分の人生を生きていくクライアントさん、
ブログを読んでくれてる読者さん、
ブログを紹介してくれるお友達、
気軽にお茶に誘ってくれたりする方達、
厳しいことを言ってくれる先輩たち、
送り迎えを気遣ってくれるお友達、
専門知識を教えてくれるお友達、
微妙に健康でいてくれる愛犬、
などなど、
あげればキリがないんだけど、

でも、
私自信が感謝して何かを手に入れようと思ってないし、
絶対に私の友達、パートナー、クライアントさんも
私に感謝されるために行動してるわけではないから、

感謝を何かを手に入れるための道具にする
発想は私にはなかった!


あっ、でも価値の視覚化で
新しい経済を作るのは
とっても興味深いですよね。
letter potとかね。


仮想通貨により
お金の民主化が進むなら、
さらに、‘価値’
にお金を払う時代になると言われています。

感謝という見えない価値を
受け取った側が
どう変えるかは自由で
素敵なんだけど、


欲しいものあるから
感謝するのは私には違和感がありです。



まとめると、

個人事業主に
「感謝したら売れる」
は失礼に当たると思います。


そもそも個人事業主は
ビジネスをするのに、

クソみたいなものは売らない
と思う。
(人によるけど)


リスクを考えると
クソなものを一生懸命売って苦労するより、
雇われてるほうが楽だもの。

だから、
個人事業主は基本は
自分が好きなもの、
社会や人に役に立つと思って
売っていて、

それに共感したり、
欲しいと思っている人が
購入してくれて、

それで自分の生活も成り立ってるんだから、
ビジネスを続けられるのは
感謝でしかない。

その感謝をお客さんに日々返し
循環させて行くことが当たり前。

全然まとまんない (笑)

早い話、
お前が感謝してないから売れてないんだ!
と言われてるようで
スネている
ってだけです (笑)

まだまだお子様な私です。

グチったらすっきりした♪

ここまで長文なグチにお付き合いくださり
ありがとうございます。

おかげさまで
このモヤモヤは
これで終了できました♪

  


Posted by shenell at 19:28Comments(0)牧の気づき

2017年06月14日

シュークリーム事件と在り方

  
こんばんは、牧です。


 

 

「ない!!!」

 

昨日から楽しみにしてた、

シュークリームを食べるために、

冷蔵庫をハリっきって開けてみたら、

「ない。。。」

 

寝る前に確認したときには

あったのに。

 

寝ぼけてるのか?

でもどこ探してもない。。。

「何で?」

「そんなハズはない。。。」

朝っぱから軽くパニック状態に落ちかけたところ、

 

ちょうどパートナーが通りかかり、

必死に冷蔵庫の中ををかき回している私に

「何探しているの?」

訪ねてきた。

 

「シュークリーム探しているけど見当たらない。」

パートナー

「昨日食べたんじゃない?」

「食べてない、茶色の袋に入ってるの昨日確認したし。」

パートナー

茶色の袋?もしかしてコレ?」

「。。。。。。。」

 

パートナーがコレと言いいながら指さしたのは、

ごみ箱の中でした。

 

絶句したものの、

袋の中だし、まだ食べれるかと思い拾ってみると、

柔らかくて生暖かい。。。

 

ココから私、激怒です。

 

必死に謝るパートナー

 

昨日の夜、冷蔵庫を開けたら、

茶色の袋を触ったらカチカチの感触だったので、

古くなったチョコレートだと思い捨てたと。。。

 

私、激怒しながら

「自分以外のものは捨てるとき、聞いてって言ってるだろー!」

 

パートナーの言い訳も全く耳に入らず、

激怒です。。。

どんなに謝られようと、

この日は怒りが収まらず、

口を利く気にもなれませんでした。

また、パートナーの言い訳にも腹がたつし。

 

自分でもシュークリーム位でこんな激怒しても

仕方ない。。。

と思おうとして余計に腹が立つ。

 

その時の心の中の会話は、

 

「ってか、あのシュークリーム2か月待って、やって買えたのに。」

「しかもシュークリーム屋のおじちゃんが一個おまけしてくれたのに」

「昨日の夜、ダイエット中だからってあれだけ食べたいの我慢してたのに。」

 

そんな思いがグルグルして怒りが収まりません。

 

でも、ふと、気がついたんですよね。

 

「アレ、?あの子にそんなに大切な思いのシュークリームって

  言ったけ私?」

「ってか、知らんよね、私シュークリーム買ったことも言ってないし。」

 

その時、雷が落ちるような衝撃がありました!

 

私が怒ってた根っこの部分

 

「何で私の気持ちを分かってくれないの!!!」

 

だったんですよね。

 

冷静になって考えてみると

「私自分から相手が分かるように説明してない。」

「嫌、シュークリームだけじゃない、

 たぶん、私言ってもわかってくれないって心のブロックある!」

 

一人激怒の裏側に大きなブロックを見つけました。

 

私はどういうあり方で生きていきたいか

深く考えさせられました。

 

 

「言ってもわかってくれない。」の在り方で

これからも接していくのか?

 

「言わなくてもわかるよね。」の在り方で

これからもいくのか?


「この人はあーゆう性格だから」と

諦めの在り方で過ごす?


「お互いのことをもっと知りたい」の在り方で

いくのか?

 

 

在り方次第で行動と結果は変わってきますよね。

今回のように私のシュークリーム事件のように。

 

 

人間関係は継続していくものだし、

特に家族となるとほぼ一生もの。

親しくなればなるほど人間関係は、

お互いに自分や相手のことを分かっている

と過信してしまったりすることも

あるのじゃないでしょうか?

 

言葉や態度に出さないとわからない。

 

言葉や態度を出したからと言って

伝わるかどうかもわからない。

 

なら、相手のことも知って、

相手ができるだけ理解してくれそうな

伝え方もしたほうがいい。

 

人は成長するものだから、

その時々で微妙に感情や考え方も

変わってきているかもしれない。

 

 

大切な相手と心から向きい、

時間を過ごすって

生きていく上での土台

人間関係の基礎

だなぁって思います。

 

一日10分でもいいから、

心を開いて自分のことを話して、

相手のことをただ聴く。

私の心のブロックに気づいてからは、

小さなことでも話したいなと思うと、

すぐ話すようにしています。

 

パートナーは元々何でも協力はしてくれるのですが、

私のビジネスにも協力してくれるようになったり、

心からやりたいことを理解し応援してくれる

ありがたい存在にさらになってます。


私ももっとパートナーの心や在り方に

沿いたいなぁって思います。

 

 

在り方は継続的なモノ。

 

どういう在り方で過ごしたいか?、

今の自分はどういう在り方で、

どういう結果を招いてるか?

 

ときどきチェックするのも大事ですね。

では、また♪

   


Posted by shenell at 20:53Comments(0)牧の気づき